大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和39年(行コ)11号 判決 1966年3月15日

控訴人(原告) 小出正己

被控訴人(被告) 建設大臣

訴訟代理人 鰍沢健三 外五名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人が大阪市住吉区長居町東三丁目六八番地宅地一〇七坪三合八勺、同市東住吉区西長居町一八四番地の一畑四畝二四歩(実測一九八坪)につき昭和三五年四月二五日なしたる土地収用の裁定並びに同年一〇月二六日なしたる訴願棄却の裁決を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決(以上昭和三九年(行コ)第一〇号事件)、「原判決を取消す。被控訴人が大阪市住吉区長居町中四丁目一六番地雑種地一畝一歩につき昭和三六年六月一七日なしたる土地収用の裁定並びに同年一〇月二三日なしたる訴願棄却の裁決を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決(以上昭和三九年(行コ)第一一号事件)を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の主張および証拠関係は、次に付加する外はすべて原判決事実摘示と同一であるからこれをこゝに引用する。

控訴人は、

昭和三九年(行コ)第一〇号事件(以下第一〇号事件という)につき、

「本件土地収用の裁定およびこれを維持した訴願裁決には次のような違法事由がある。(イ) 起業者たる大阪市長中井光次が本件宅地および畑(以下本件土地という)、につきなした土地収用裁定の申請は不法行為に基くものであつて不適法である。すなわち、大阪市長は本件土地を不法に占拠し、土砂を採掘して売却処分をしたので、控訴人はその原状回復と損害賠償を請求したところ、同市長は適切な措置がないため急拠被控訴人に右土地収用の裁定を申請した。しかして被控訴人は右の事情を知悉しており、控訴人に意見書を提出させたものゝこれを十分検討することなく急いで裁定を強行したのであつて、右裁定は、形式的には瑕疵がないかの如くであるが、実質的には起業者の不法行為を隠蔽する意図のもとになされたものであり、それ自体権利の濫用であつて重大な瑕疵があるものというべきである。(ロ) 本件土地の収用については、起業者たる大阪市長は控訴人との間で土地収用法第四〇条所定の適正な協議を経ていない。(ハ) 本件土地のうち畑(公簿面積四畝二四歩、実測面積一九八坪)につき起業者大阪市長の作成にかかる土地調書は、実測面積欄に公簿面積である一四四坪を記入してあり、該調書添付の実測平面図にも亦右公簿面積を記入してあつて、かかる土地調書は不適法であるから、右調書に基く申請を容れた裁定は違法である。」

と陳述した。

(証拠省略)

被控訴人は、

「控訴人の右(イ)および(ロ)の主張事実を争う。(ハ)の主張事実については、本件裁定は控訴人主張の実測面積一九八坪の畑についてなされたものであるから、土地調書の実測面積欄および該調書添付の実測平面図に公簿面積が記入されていたとしても、右裁定が違法となるものではない。なお第一〇号事件について、本件天王寺吾彦線の街路は、控訴人主張のとおり彎曲しているけれども、乙第三号証の三の図面をみると、街路の中心線上三箇所にI・P(Intersection Pointの略語であつて、測量上二直線の交点を示すものである)と記入されており、このI・Pにおいて本件街路は極めて緩かな曲線を描いているが、ほゞ直線に近いのであるから、事業決定に経過地の表示を省略してもなんら不当ではない。」

と陳述した。

(証拠省略)

理由

一、第一〇号事件について。

(一)  先ず控訴人は、本件裁定の基礎となるべき昭和三二年三月三〇日建設省告示第四九三号の都市計画街路事業決定には、本件土地が起業地として表示されていないと主張するが、この点に関する当裁判所の判断は原判決理由と同一であるから、これを引用する(同判決七枚目裏八行目から一一枚目表四行目まで)。当審における証人中川芳一の証言、控訴本人尋問の結果は右の判断を左右するものではない。なお本件土地を含む天王寺吾彦線の街路が直線になつておらず、やや彎曲していることは被控訴人の認めて争わないところであり、原審証人中川芳一、同下村善吉の各証言によると、街路が曲線になつている場合には事業決定中に主たる経過地を表示するのが慣例であると云うところ、本件事業決定にはその表示を欠くことが明らかであるが、かかる事由は何等前記判断に影響言及ぼすものではない。

(二)  控訴人は、被控訴人が起業者たる大阪市長の不法行為を隠蔽する意図のもとに本件裁定をしたと主張する。いずれも成立に争いのない甲第二号証、第三ないし五号証の各一、二、乙第四号証の二、三、原審および当審における証人中川芳一の各証言、控訴本人尋問の各結果によると、昭和三三年一〇月頃大阪市土木局係員が本件土地の一部分を不法に占拠し、土砂を採掘したりしたことから、大阪市長と控訴人との間に紛争を生じたこと、本件裁定に先立ち昭和三五年四月一八日付控訴人の意見書が同月二〇日被控訴人に提出されたことがたやすく認められるけれども、被控訴人において同年四月二五日付でなした本件土地収用の裁定が、大阪市長の右不法行為を隠蔽する意図のもとになされたことを肯定するに足る証拠は何もないから、控訴人の前記主張は理由がない。

(三)  控訴人は、本件土地の収用につき起業者たる大阪市長は控訴人との間で適正な協議を経ていないと主張する。

成立に争いのない甲第二号証、第三、四号証の各一、二、原審および当審における証人中川芳一の各証言とこれにより真正に成立したものと認めうる第一一号事件の乙第四号証の六、原審および当審における控訴本人尋問の結果を総合すると、大阪市長は昭和三二年一〇月頃以降係員を介して控訴人に対し、本件土地および第一一号事件の雑種地について買収の申出をしたが、対価について双方の言分に大いに隔りがあり、その後控訴人から換地をほしいと申し出るに至つたが交換比率について双方の意見が一致しなかつたところ、その間昭和三三年一〇月頃大阪市土木局係員が本件土地を不法に占拠して土砂を採掘したりしたことから、徒らに控訴人の感情を刺して前記交渉は難航するに至つたが、結局昭和三四年六月頃までの間に前記買収についての交渉は二〇回以上に及んだ末、大阪市長としても周辺土地の買収対価との均衡、予算上の制約等もあつて控訴人の要求額に応ずることができず、昭和三四年八月をもつて本件土地買収の交渉を打切るの止むなきに立ち至つたことが認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。もつとも土地収用法第四〇条は、同法第三三条の規定による土地細目の公告があつた後起業者はその土地について権利を取得するために土地所有者と協議しなければならない旨を規定しているところ、成立に争いのない乙第六、七号証の各二によると、本件土地収用につき昭和三四年一〇月五日付で土地細目の公告がなされたことがうかがわれ、同年八月をもつて大阪市長と控訴人との間の買収交渉が打ち切られたことは前記のとおりであつて、その後昭和三五年四月二五日付で本件土地収用の裁定がなされるまでの間に右両者間で何等かの交渉がなされたことを肯定すべき証拠はないから、本件では外形上右法条所定の協議を欠くように見えるけれども、さきに認定した昭和三二年一〇月以降における両者間の交渉の経緯に徴するときは、かりに土地細目の公告後にあらためて大阪市長が控訴人に対し協議をしたとしても、到底その成立の見込がなかつたと推認せられ、これを覆すべき資料はないから、かかる事情の下においては実質上同法第四〇条の協議があつたものと解するに妨げないものというべく、この点につき本件裁定およびこれを維持した訴願裁決に違法の廉があるとする控訴人の主張は当らない。

(四)  最後に控訴人は、本件土地のうち畑(実測一九八坪)については、大阪市長の作成にかかる土地調書および該調書添付平面図の実測面積欄には公簿面積である一四四坪が記入されているから、本件裁定は違法であると主張する。しかして成立に争いのない乙七号証の二(土地調書)をみると、右調書および添付図面の該当欄に控訴人主張の公簿面積が記入されていることは明らかであるが、右調書および図面の他の記載によれば、前記畑の同一性には異同がないことをたやすく窺知することができるし、現に本件収用の裁定は右の実測面積によりなされていることは当事者間に争いがないのであるから、右調書および図面の実測面積を記入すべき欄に公簿面積を記入したからといつて、そのために本件裁定が違法になるとは到底解せられない。

以上のような次第で控訴人の主張はすべて理由がない。

二、第一一号事件について。

当裁判所の判断はすべて原判決理由と同一であるから、全部これを引用する(同判決一一枚目表二行目から一五枚目裏五行目まで)。当審における証人中川芳一の証言、控訴本人尋問の結果はもとより右の判断を左右するものではない。

三、以上により第一〇号事件および第一一号事件について被控訴人のなした土地収用の裁定並びにこれを維持した訴願裁決には控訴人主張のような違法はなく、結局適法にこれがなされたものというべきであつて、控訴人の請求をいずれも失当として棄却した原判決は相当といわなければならない。

よつて民事訴訟法第三八四条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 岸上康夫 小野澤龍雄 斎藤次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例